2005年当時、模様はそのままの色で地色だけ染め変えるのが珍しく思われていました。「他のところで染め直したら模様が分からなくなったのはどうしてなのか。」などのメールをよく頂きました。工程を説明し「柄伏せ」の工程を省いているからです、とお答えしました。
先日、研修生としてきてくれている谷間君、空君と三人で花見に、美山の里へ行きました。
空君の運転で鞍馬より花背峠を越え芹生の里へ。
昔ながらの曲がりくねった急な坂道は今では珍しく、これぞ峠道だ!と云う美しい山道でした。雪の残る峠を越えたところにある山里が芹生です。
「菅原伝授手習鑑」の四段目「寺子屋の段」で舞台となった奥深い山里です。あまりにも静かで村人が住んでいるような感じはしません。桜もまだつぼみの状態でした。芹生峠を越え美山の里へ、
美山は昭和30年代の日本にはどこもにでもあったはずの、懐かしい茅葺屋根のある風景です。田起しをする牛が何処かにいるのではないかと思えます。
村を挙げてこの里を守るには大変な決意が云ったことでしょう。
成長ばかりを追い求めず自給自足を胸にやって行けば、このように心豊かな村が存在できるのです。寒い日ではありましたが、入ったお店のストーブが暖かくうどんをおいしく頂きました。
鴨川は三条を今出川まで行くと高野川と合流しています。
高野川をさかのぼって行くと八瀬、大原へと続きます。
冬の大原は観光客も少なく、田舎育ちの私にはどの道を歩いてもいつか来たことのあるような懐かしい気がします。
大原には、孤高の画仙人と言われる小松均さんの美術館があります。
目的もなく歩いているとあちこちに「大原風景」や「わが窓より」に描かれた風景に出会います。
友と二人、かつてこの道を歩いて野宿をしながら小浜の外れの小さな漁村まで行きました。塩鯖街道と言われる道です。
夜の浜辺でキラキラ輝いていた夜光虫を今も忘れることがありません。
その友は、今になって自らの人生を捨ててしまいました・・・・。
・・・今日は、しば漬を肴に熱燗の酒でも飲むか・・・。